TL;DR

訪問看護師の業務範囲を考えるうえで最も重要なのは、その行為が医行為に該当するかどうかという線引きです。医行為は絶対的医行為、相対的医行為、医行為ではないと整理された行為の3つに分類され、それぞれで求められる指示や責任の所在が異なります。本記事では法的根拠と具体的な判断基準、現場で使えるチェックリストを整理します。

訪問看護師の業務範囲はなぜ曖昧に感じられるのか

訪問看護は病院と異なり、医師が同席しない環境で単独判断を迫られる場面が多くあります。そのため管理者や利用者家族から「これは看護師がやってよいのか」という問い合わせを受けることも少なくありません。

業務範囲の判断が難しい理由は主に次の3点です。

  • 医師法第17条で医行為が医師の業務独占とされている一方、看護師が実施できる相対的医行為の範囲が個別具体的に列挙されていない
  • 厚生労働省の通知や事務連絡が複数回にわたり発出されており、現場での周知が追いついていない
  • 利用者の状態やケア環境によって同じ行為でも医行為に該当するかどうかの判断が変わる

こうした背景から、訪問看護ステーションでは組織としての判断基準を持ち、スタッフ間で共有しておくことがコンプライアンス上のリスク回避に直結します。

医行為はどのように分類されるのか

医行為は大きく3つに分類されます。

絶対的医行為とは何か

医師のみが行うことができる行為です。診断、処方、手術、麻酔などが該当します。訪問看護師がどれほど経験を積んでいても、この領域に踏み込むことは法令違反となります。

相対的医行為とは何か

医師の指示があれば看護師が実施できる行為です。訪問看護の実務の大半はこの相対的医行為に該当します。指示の形式は、訪問看護指示書に基づく包括的指示と、個別の状態変化に応じた具体的指示に分かれます。

医行為に該当しないと整理された行為とは何か

厚生労働省医政局長通知(平成17年7月26日医政発第0726005号)により、原則として医行為ではないと整理された行為があります。これらは医師の指示がなくても訪問看護師が実施可能です。

医行為に該当しないと整理されている行為一覧

以下は厚生労働省通知で医行為ではないと整理されている代表的な行為です。ただし利用者の状態によっては医行為に該当する場合があるため、個別の状態確認が前提となります。

行為実施可否の条件
体温測定(腋窩、外耳道)特段の条件なし
自動血圧計による血圧測定特段の条件なし
パルスオキシメーターの装着入院治療の必要がない場合
軽微な傷への絆創膏貼付専門的な判断を要しない場合
一包化された内服薬の内服介助誤嚥のリスクなど専門的配慮が不要な場合
点眼薬の点眼用法容量が一定の場合
皮膚への湿布貼付専門的な判断を要しない場合
爪切り、爪やすり爪や周囲皮膚に異常がない場合
耳垢の除去耳垢塞栓の除去を除く
口腔内の刷掃、清拭歯、口腔粘膜、舌の状態把握を含む口腔ケア
市販の浣腸器を用いた浣腸挿入部の長さや薬液量が規定範囲内

これらは訪問看護師以外の職種、例えば介護職員が実施することも法的には可能とされている点も併せて押さえておくとよいでしょう。

訪問看護師が医師の指示のもとで実施できる相対的医行為

訪問看護の中核となる医療処置の多くは相対的医行為です。訪問看護指示書や特別訪問看護指示書に基づき実施します。

  • 褥瘡の処置、創傷ケア
  • 喀痰吸引
  • 経管栄養チューブの管理
  • 膀胱留置カテーテルの管理、交換
  • インスリン注射の実施(単位数の変更は医師の指示が必要)
  • 在宅酸素療法の管理
  • 人工呼吸器の管理
  • 中心静脈栄養の管理

これらは看護師の判断で開始することはできず、必ず医師の指示書や指示内容が前提となります。指示内容が不明確な場合は、実施前に主治医へ確認を取る運用をルール化しておくことがトラブル防止につながります。

特定行為研修修了者はどこまで業務範囲が広がるのか

2015年に創設された特定行為研修制度により、手順書に基づいて一定の医行為を実施できる看護師が増えています。2024年時点で研修区分は21区分38行為に整理されており、在宅・慢性期領域に関連する主な特定行為は次の通りです。

  • 気管カニューレの交換
  • 胃ろうカテーテルもしくは腸ろうカテーテルの交換
  • 褥瘡または慢性創傷における壊死組織のデブリードマン
  • インスリンの投与量の調整
  • 脱水症状に対する輸液による補正

訪問看護ステーションが特定行為研修修了者を配置することで、医師への都度確認の手間が減り、利用者の状態変化への対応スピードが向上します。2026年度改定でも在宅医療における特定行為研修修了者の活用促進が引き続き重視される見込みであり、採用や育成計画に組み込む価値があります。

訪問看護師が絶対に行ってはいけない行為

以下は絶対的医行為に該当し、訪問看護師が単独で行うことはできません。

  • 病名や病状の診断
  • 薬剤の処方、処方内容の変更
  • 手術、麻酔
  • 死亡診断(例外を除く)
  • 医師の指示なしでの医療機器設定変更

死亡診断については、医師が直接対面できない状況において一定の要件を満たした看護師がICTを用いて死亡診断等を行うことを可能とするガイドラインが存在しますが、これはあくまで例外的な運用であり、原則は医師が行うべき業務です。

現場で判断に迷ったときのチェックリスト

訪問看護師が業務範囲について迷った際は、以下の順序で確認するとよいでしょう。

  1. その行為は厚生労働省通知で医行為ではないと整理されているか
  2. 整理されていない場合、訪問看護指示書に該当する指示が明記されているか
  3. 指示が包括的な場合、利用者の状態変化により個別の確認が必要ではないか
  4. 特定行為に該当する場合、手順書と研修修了証の有無を確認したか
  5. 判断に迷う場合は実施前に主治医または連携医療機関に連絡したか

この5項目をステーション内のマニュアルに落とし込み、新人教育やサービス提供責任者の判断基準として共有しておくことで、属人的な判断のばらつきを防ぐことができます。

業務範囲の逸脱がもたらす経営リスク

業務範囲を逸脱した行為は、利用者への健康被害だけでなく、ステーションの指定取消や損害賠償請求につながるリスクがあります。特に次のようなケースは実際のトラブル事例として報告されています。

  • 医師の指示なしに褥瘡処置の方法を独自に変更した
  • インスリンの単位数を看護師の判断で調整した
  • 家族からの要望に応じて処方薬以外の市販薬を追加で使用させた

経営者としては、こうした逸脱を防ぐために定期的な内部研修と指示書内容の確認体制の整備が欠かせません。訪問看護指示書の記載内容が曖昧な場合は、遠慮なく主治医に照会する文化を組織内に根付かせることが重要です。

まとめ

訪問看護師の業務範囲は、医行為に該当するかどうかという線引きを起点に整理することができます。医行為ではないと整理された行為は指示なしで実施可能である一方、相対的医行為は医師の指示が前提となり、絶対的医行為は看護師が単独で行うことができません。特定行為研修修了者を活用することで対応可能な範囲を広げつつ、判断に迷った際の確認フローをステーション内で明文化しておくことが、利用者の安全確保と経営リスクの回避につながります。制度改正の動向を継続的に把握し、指示書の運用ルールを定期的に見直していくことが今後も求められます。