訪問看護ステーションの経営で最初につまずきやすいのが、月にどれだけ訪問すれば黒字になるのか分からないまま走り続けてしまうことです。売上が伸びても利益が残らない、逆にどこまで訪問件数が落ちたら赤字になるのか判断できないという声は少なくありません。ここでは損益分岐点という考え方を使って、黒字化に必要な訪問件数をどう導き出すか、実務レベルで整理します。
損益分岐点とは何か、なぜ訪問看護経営に必要なのか
損益分岐点とは、売上高と費用がちょうど等しくなり、利益がゼロになる水準のことです。訪問看護ステーションの場合、売上は訪問件数と単価の掛け算で決まるため、損益分岐点を訪問件数に置き換えて把握しておくと、日々のシフトや稼働管理に直結する経営指標として使えます。
月次の収支を眺めているだけでは、今月の訪問件数が黒字ラインを超えているのか、どのくらい余裕があるのかが直感的に分かりません。損益分岐点訪問件数を一度計算しておけば、管理者やサービス提供責任者が日々の訪問予定を見ながら黒字ラインとの距離を意識できるようになります。
訪問看護ステーションの費用は固定費と変動費にどう分かれるか
損益分岐点を計算するには、まず費用を固定費と変動費に分ける必要があります。
固定費の主な項目
- 看護職員・理学療法士等の人件費(基本給、法定福利費を含む)
- 事務所の家賃、光熱費
- 車両のリース料、保険料
- 電子カルテや記録システムの利用料
- 管理者の人件費
変動費の主な項目
- 訪問1件ごとにかかるガソリン代や公共交通機関の交通費
- 衛生材料や消耗品費
- 訪問件数の増減に応じて発生する残業代や非常勤スタッフの追加稼働分
訪問看護ステーションは看護職員の人件費比率が高く、費用の大部分が固定費に分類される特徴があります。固定費の割合が高いほど、稼働率の変動が利益に直結しやすい構造になるため、損益分岐点の把握がより重要になります。
人員基準は損益分岐点にどう影響するか
訪問看護ステーションは、指定訪問看護の事業の人員及び運営に関する基準により、保健師、助産師または看護師を常勤換算で2.5人以上配置することが求められています。加えて、管理者は原則として常勤かつ専従で配置する必要があります。
この人員基準は、事業を継続する以上は必ず発生する固定費の最低ラインを形づくります。つまり、どれだけ訪問件数が少ない月であっても、基準を満たす人員体制にかかる人件費は原則として発生し続けます。損益分岐点を考えるときは、まずこの人員基準による固定費の下限を認識した上で、それ以外の固定費を積み上げていく順序が実務的です。
損益分岐点訪問件数はどう計算するか
計算の考え方はシンプルです。
損益分岐点訪問件数 = 月間固定費 ÷(訪問1件あたりの平均単価 − 訪問1件あたりの変動費)
分母の「平均単価 − 変動費」は、訪問1件がもたらす限界利益にあたります。この限界利益で固定費をどれだけ回収できるかを積み上げていくと、損益分岐点となる訪問件数が求められます。
計算の手順は次の通りです。
- 直近の月次試算表から固定費の合計を出す
- 直近3か月程度の訪問実績から、訪問1件あたりの変動費の平均を出す
- 医療保険と介護保険を合わせた訪問1件あたりの平均単価を算出する
- 上記の計算式に当てはめて損益分岐点訪問件数を求める
単価は事業所によって、精神科訪問看護の比率、特別管理加算などの加算算定状況、医療保険と介護保険の利用者構成によって大きく変わります。自施設の実績データを使わずに他所の数字をそのまま当てはめると、実態とかけ離れた損益分岐点になってしまうため注意が必要です。
1人あたり・1日あたりの訪問件数はどう考えるべきか
損益分岐点訪問件数を月単位で出したら、次に常勤換算人数や稼働日数で割り、1人1日あたり何件の訪問が必要かに落とし込みます。
計算式は次の通りです。
1人1日あたり必要訪問件数 = 損益分岐点訪問件数 ÷ 常勤換算看護職員数 ÷ 月間稼働日数
この数値が、実際にシフトを組んでいる看護師の1日あたりの訪問可能件数と比べて無理のない水準かどうかを確認します。もし理論上の必要件数が、現場の移動時間や記録時間を考慮した現実的な上限を超えている場合は、訪問件数だけで黒字化を目指すのではなく、単価の見直しや固定費の削減も合わせて検討する必要があります。
損益分岐点を下げて黒字化するにはどうすればよいか
黒字化のアプローチは、訪問件数を増やす方向と、損益分岐点そのものを下げる方向の2つに分けて考えると整理しやすくなります。
訪問件数を増やす方向の施策
- ケアマネジャーや医療機関からの紹介ルートを増やす
- キャンセルや空き時間を減らすスケジュール調整の見直し
- オンコール体制の整備による緊急時対応の受け入れ余力の確保
損益分岐点を下げる方向の施策
- 算定できる加算の取りこぼしがないか定期的に点検する
- 車両や事務所など固定費の契約内容を見直す
- 記録業務の効率化により残業代などの変動費を抑える
どちらか一方だけに偏るのではなく、自施設の費用構造を見ながら両方を組み合わせて損益分岐点との距離を縮めていくことが現実的です。
損益分岐点管理チェックリスト
- 月次の固定費総額を毎月更新できているか
- 訪問1件あたりの変動費を実績ベースで把握しているか
- 医療保険と介護保険を合わせた平均単価を算出しているか
- 損益分岐点訪問件数を常勤換算人数で割った1人あたりの目安を出しているか
- 現在の稼働実績が損益分岐点をどれだけ上回っているか、または下回っているかを毎月確認しているか
- 加算算定の状況を損益分岐点の計算に反映できているか
まとめ
訪問看護ステーションの黒字化は、感覚的な忙しさではなく、固定費と変動費、そして単価から導き出す損益分岐点訪問件数を軸に管理することで判断しやすくなります。看護職員の常勤換算2.5人以上という人員基準は固定費の下限を決める重要な要素であり、これを起点に自施設の損益分岐点を一度計算しておくことをおすすめします。訪問件数を増やす施策と損益分岐点を下げる施策の両方を視野に入れ、毎月の実績と照らし合わせながら経営判断を行っていくことが、安定した黒字体質につながります。
出典
- 指定訪問看護の事業の人員及び運営に関する基準(厚生労働省令第80号) https://laws.e-gov.go.jp/law/411M50000100080
- 厚生労働省「訪問看護」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188411.html