なぜ令和8年改定を見据えた収支シミュレーションが必要なのか
訪問看護ステーションの経営は、2年に1度の診療報酬改定と3年に1度の介護報酬改定の影響を直接受けます。次の節目となる令和8年度診療報酬改定は、本稿執筆時点ではまだ改定率も個別点数も告示されていません。しかし、改定が確定してから対応を考え始めるのでは準備が間に合わないケースが少なくありません。経営計画は、確定情報を待つのではなく、過去の改定傾向と自事業所の収支構造を基にした複数シナリオの試算を先に作っておくことが重要です。本記事では、令和8年改定のスケジュールを整理したうえで、訪問看護ステーションが今から着手できる収支シミュレーションと経営計画の立て方を解説します。
令和8年度診療報酬改定はいつ、どのように決まるのか
診療報酬改定の決定プロセスは、おおむね次の流れで進みます。
- 改定前年の年末にかけて、内閣で改定率(本体部分の引き上げ幅)が予算編成過程で決定される
- 改定率の決定後、中央社会保険医療協議会(中医協)で個別項目の点数や算定要件が審議される
- 改定前年度末(1月から2月頃)に告示され、4月1日から施行される
令和8年度改定についても、この流れに沿って令和7年末に改定率が固まり、令和8年2月頃に具体的な点数が告示される見込みです。現時点で公表されているのは、改定に向けた基本方針の検討状況や中医協での議論の方向性にとどまり、訪問看護の個別点数について確定した情報はありません。経営計画を立てる際は、未確定の数字を前提にするのではなく、確定情報が出た時点ですぐに差し替えられるテンプレートを先に用意しておく姿勢が現実的です。
また、介護報酬改定は3年に1度の周期で実施されており、令和6年度に診療報酬と介護報酬の同時改定が行われたため、次の介護報酬改定は令和9年度です。つまり令和8年度は、医療保険の訪問看護に影響する診療報酬改定のみが行われる年にあたります。介護保険の訪問看護収入への直接的な制度変更は令和8年度には発生しない点を押さえておくと、シミュレーションの範囲を絞りやすくなります。
過去の改定率の推移から何を読み取るか
具体的な改定率は年によって変動しますが、過去の推移を知っておくことで、経営計画のシナリオ幅を現実的な範囲に設定できます。診療報酬本体の改定率は、令和2年度がプラス0.55パーセント、令和4年度がプラス0.43パーセント、令和6年度がプラス0.88パーセントと推移してきました。介護報酬の改定率は、令和3年度がプラス0.70パーセント、令和6年度がプラス1.59パーセントです。
これらの数字は訪問看護に限った改定率ではなく診療報酬全体の改定率ですが、経営計画を立てる際に「楽観シナリオ」「中立シナリオ」「厳しいシナリオ」の幅を設定する参考値として活用できます。例えば中立シナリオでは直近の改定率に近い水準を仮置きし、厳しいシナリオでは改定率がゼロもしくはマイナスとなった場合の収支も試算しておくと、改定発表後の対応判断が早くなります。
収支シミュレーションの基本構造|収入と支出を分解する
経営計画の土台となる収支シミュレーションは、収入と支出を細かく分解することから始めます。
収入側の分解
- 医療保険からの訪問看護基本療養費、管理療養費
- 介護保険からの訪問看護費、各種加算(特別管理加算、緊急時訪問看護加算、ターミナルケア加算など)
- 精神科訪問看護にかかる基本療養費や加算
- 利用者の保険種別構成比(医療保険と介護保険の割合)
支出側の分解
- 看護職員・リハビリ職員の人件費(給与、賞与、社会保険料)
- オンコール手当・待機手当
- 交通費・車両維持費
- 事務所家賃、水道光熱費
- 記録システムやICT関連費用
- 研修費、採用費
収入と支出をこの粒度まで分解しておくと、改定によって点数が変動した際にどの科目にどれだけ影響が出るかを素早く計算できます。特に訪問看護は加算の種類が多く、算定率の変化が収入全体に与えるインパクトが大きいため、加算ごとの算定件数と単価を分けて管理しておくことが欠かせません。
経営計画の立て方|5つのステップ
ステップ1 現状の収支構造を可視化する
直近1年分の収入と支出を、先述の科目単位で月次集計します。保険種別ごと、加算項目ごとの内訳が見える形にしておくことが、後のシミュレーションの精度を左右します。
ステップ2 利用者数・訪問回数の将来予測を立てる
過去数か月の新規依頼数、終了件数、平均訪問回数の推移から、今後1年程度の利用者数と訪問回数を予測します。紹介元(病院、居宅介護支援事業所、クリニック)別の件数も分けて把握しておくと、営業活動の優先順位づけにも使えます。
ステップ3 加算算定率を見直す
算定要件を満たしているにもかかわらず算定できていない加算がないかを確認します。特別管理加算や緊急時訪問看護加算、ターミナルケア加算は対象者の把握漏れが起きやすい項目です。算定率を数パーセント引き上げるだけでも年間収入への影響は小さくありません。
ステップ4 人件費・固定費の中期見通しを作る
職員の増員計画、昇給、賞与支給のタイミングを踏まえて、向こう1年から3年の人件費の推移を見積もります。オンコール手当や待機体制にかかるコストも固定費として別枠で管理すると、体制変更の意思決定がしやすくなります。
ステップ5 改定リスクに備えた複数シナリオを用意する
ステップ1から4で作った現状ベースの収支に対して、改定率を複数パターン当てはめたシナリオを作成します。楽観、中立、厳しいの3パターンを用意し、それぞれで黒字を維持できるかを確認します。厳しいシナリオで赤字になる場合は、固定費の見直しや利用者単価の底上げなど、具体的な対応策を事前に検討しておきます。
収支シミュレーション表の作り方
簡易的な収支シミュレーション表は、次のような構成で作成すると管理しやすくなります。
| 科目 | 現状(直近1年実績) | シナリオA 中立 | シナリオB 厳しい |
|---|---|---|---|
| 医療保険収入 | 実績値 | 改定率を加味 | 改定率を加味 |
| 介護保険収入 | 実績値 | 横ばい想定 | 横ばい想定 |
| 加算収入合計 | 実績値 | 算定率改善分を加算 | 現状維持 |
| 人件費 | 実績値 | 昇給分を加算 | 昇給分を加算 |
| オンコール関連費 | 実績値 | 体制変更後の金額 | 体制変更後の金額 |
| 固定費(家賃・システム等) | 実績値 | 横ばい想定 | 横ばい想定 |
| 収支差 | 実績値 | 試算結果 | 試算結果 |
表形式にしておくことで、改定内容が告示された直後に数字を入れ替えるだけで試算を更新でき、意思決定のスピードを落とさずに済みます。
令和8年改定に向けて今から準備するチェックリスト
- 直近1年分の収支を保険種別・加算項目単位で月次集計できているか
- 算定要件を満たしているのに未算定の加算がないか棚卸しできているか
- 利用者数・訪問回数の将来予測を紹介元別に作成しているか
- 人件費とオンコール関連費の中期見通しを別枠で管理しているか
- 改定率の複数シナリオ(楽観・中立・厳しい)を用意しているか
- 中医協や厚生労働省の公表資料を定期的に確認する担当者が決まっているか
- 改定告示後、何日以内に収支シミュレーションを更新するか社内で決めているか
まとめ
令和8年度診療報酬改定の具体的な内容は、本稿執筆時点ではまだ確定していません。しかし、改定が決まってから対応を始めるのではなく、過去の改定率の推移を参考にした複数シナリオの収支シミュレーションを今のうちに準備しておくことで、告示後の対応スピードが大きく変わります。収入と支出を科目単位で分解し、利用者数の将来予測と加算算定率の見直しを組み合わせた経営計画を作ることが、改定リスクに左右されにくい事業運営の土台になります。
出典
- 厚生労働省 診療報酬改定に関する情報ページ https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/iryouhoken15/
- 厚生労働省 介護報酬改定に関する情報ページ https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/housyu/
- 厚生労働省 介護事業経営実態調査 https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/125-1.html
- 中央社会保険医療協議会 総会資料 https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-chuo.html